歯医者さんの彼女 - 3/8

 とある休みの日、買い物をしてお昼を食べたあとちょうど近くを通ったので職場に立ち寄ってみることにした。
 小さなお店が立ち並ぶ通り沿い、いつものように入口のガラス戸が開けてあるコーヒースタンドを認めて近づいていく。
 
「いらっしゃいま――あずさちゃん」

 カウンターで接客をしていたオーナーの牧さんが私に気づいて声をかける。
 お昼どきを過ぎているせいか、店内のお客様はちょうどカウンターに立っているその人だけだった。見覚えのある横顔を見てどきんと胸が高鳴る。

「外川さん……」
「お、岬さん。今日はオフ?」

 どうしよう、私服おかしくないかな? もうちょっとおしゃれしてくればよかったかも、と慌てて自分の姿を見下ろす。メイクも仕事のときとは変えてるし、ちゃんと似合ってるかな……鏡見たい……。
 さりげなく前髪を整えながらカウンターに歩み寄る。

「どうした? お休みなのに」
「近くまで来たのでちょっと寄ってみました」
「そうかー。今ちょうど外川くんと、あずさちゃんの話をしてたんだよ」
「え?」

 なんの話だろう、と期待と不安が入りまじりながら二人を見る。

「この前のサンドイッチが美味しかった、って話です」
「あ! あれの……ありがとうございます」
「外川くん、あずさちゃんのメニューがやたら好きらしいぞ。もっとあずさちゃんの手料理が食べたいと」
「え!?」
「オーナー、俺そんなこと言ってないっすよ」

 外川さんが慌てたように否定して、「言ってないから」と私にも念押しするように言う。なんだか外川さんの目が必死な感じがして私は激しく頷いた。
 そんな私たちの様子を見て笑いながら牧さんが尋ねる。

「あずさちゃん、何か食べていくかい? 今日は焼きたてのスコーンがおすすめだよ」
「じゃあ、それと、ホットコーヒーを。お昼食べたばかりなのでテイクアウトでもいいですか?」
「もちろん。コーヒーのミルクと砂糖は?」
「入れてください」
「了解」

 早速、牧さんが準備に取りかかる。
 手持ち無沙汰になった私は外川さんに話しかけた。

「外川さんはお昼もう食べたんですか」

 外川さんが頷く。

「俺もスコーンを食べたとこです」
「これからまたお仕事ですか?」
「うん、もうちょっと時間ありますけど」
「結構ゆっくりお休み取れるんですね」
「2時間休みで。あと、シフト制だから普通の昼時間よりずれてます」

 シフト制、か。ということは接客業なのかな。もっと硬派な仕事をしているイメージだったからなんだか意外だけど。

「あずさちゃん、お待たせ」

 牧さんがスコーンの入った紙袋とコーヒーを渡してくれる。

「ありがとうございます。じゃあ、また明日」
「うん、気をつけて」
「あ、俺もこれで」
「外川くんもありがとう。またおいで」

 外川さんと一緒に店を出る。
 思いがけず帰り道は同じ方向で、私たちは自然と並んで歩き始めた。
(私、外川さんと二人で歩いてる……)
 なにせ二人きりになるのは初めてだ。何か会話をしようと思うも緊張のせいもあって話題が思いつかない。気まずい雰囲気になるのだけは嫌だ、と頭を悩ませていると「岬さんは」と隣から声がした。

「コーヒーとか料理とか、好きなの?」
「え?」
「いや、いつも楽しそうに働いてるから。休みにも来るとかよっぽどだなって」
「そう、ですか?」
「そう見えます」

 なんだか照れくさい。でも楽しそうに働いていると言われたのは素直に嬉しかった。

「好きは好きです。……私、実はいつかああいうお店を持つのが夢で。あのお店、ずっと憧れてたんです。そこで働けるのが嬉しくて」
「あの店いいっすよね、俺も好きです」
「嬉しい……! オーナーたちにも伝えときます」
「ぜひ。でもそっか、岬さんがいつも楽しそうなの納得だな」
「なんか恥ずかしいです……」

 私は赤くなった顔を隠すように俯く。そしてこんなに照れくさい理由にようやく気づいた。外川さんがいつも私を見ていてくれたみたいな言葉なのだ。
 そんな私の気持ちを知るはずもなく外川さんは続ける。

「俺も自分の仕事好きなんで。そういうのいいなって思います」
「ありがとうございます」

 自分の仕事を好きって言い切るところもかっこいいな。でも、なんのお仕事をしてるんだろう。それを尋ねようと口を開きかけたけれど、次に外川さんの口から飛び出した提案のせいでその質問はどこかに消え去ってしまった。

「あの、実は他にも気に入ってるコーヒーの店があるんですけど、よかったら今度二人で行きませんか」

 え? これってデートのお誘い……?
 思ってもみなかった展開に私は信じられない気持ちで外川さんを見上げる。

「あ! あの店を好きって言ってる岬さんに失礼かもですけど……すみません」

 なかなか返事をしない私を勘違いしたらしい外川さんに私は慌てて首を横に振った。

「ううん、失礼なんてそんな!……行きたいです」

 私の返事を聞いて外川さんが嬉しそうにくしゃりと笑った。

 その初デートを機に、私たちはその後も二人で出かけるようになった。もちろん外川さんは以前のように私の職場にもよく来てくれて、その度に会話を楽しむ。私たちの仲はすぐにオーナー夫妻の知るところとなって二人ともとても喜んでくれた。特に智絵里さんからは「進展があったらすぐ教えて!」とせかされている。
 最近の進展といえば、お互いを名前で呼ぶようになったこと。いつの間にか敬語もなくなりタメ口で話すようになっていた。
 
 優しくて親しみやすい外川さん、もといはやてと過ごす時間は楽しくて、彼も同じように思ってくれているみたいだった。
 このまま付き合うんだろうなと、きっとお互いそう思っていたんだけど。