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 駅近くの通りに位置するカジュアルなフレンチレストラン。窓から外を眺めると通りは大勢の人で賑わっていた。夏休みに入ったせいなのか平日の昼間だというのに子どもの姿も多く見られる。

「夏休みか……」

 柊崎くきざきの隣で呟いたのは、昨年のちょうど今頃、柊崎の前勤務先に助っ人として来てくれた歯科医の浅賀あさかだ。普段は大学病院で勤務する彼だが、この時期は夏休みに入った子どもたちの受診が増える歯科医院から応援を頼まれることがある。柊崎とは昨年一緒に勤務しただけだったが何かと気が合い、仕事では直接的な接点がなくなった今も時々こうして食事や飲みに行く仲だった。

「そうですね、子ども連れが多い」

 柊崎が浅賀の言葉に頷くと彼は物憂げに頬杖をつく。

「夏休みだな……」
「ええ、そうですが」

 浅賀の様子がどうもおかしい。夏休みの子どもたちを見てノスタルジーに浸るような性格でもあるまいし、と訝しく思いながら柊崎はウォーターグラスを傾ける。冷たい水が口の中に入ってきてもどこも沁みないことに感動にも似た気持ちを覚えた。C1程度の虫歯が多少残っているとはいえ、どこも沁みないのはもう何年かぶりのことだ。同僚の早瀬が自覚症状のある歯から治療してくれたのが幸いしたのか――なぜ的確に自覚症状のある歯から治療できたかというと彼がしつこく検診してくるからだったが――早瀬が優しかったのは1回目の治療の時だけだったなと恨みがましく思っていた柊崎もようやく彼に感謝する気になっていた。
 さて、浅賀の口内も実際に見たことはないが虫歯が多いらしいということは柊崎も知っていた。彼の食事がなかなか進まないのもそれと関係があるのか。浅賀は相変わらず遠い目で道行く人々を見つめている。

「夏休みがどうかしたんですか?」

 頬杖をついたまま、浅賀が柊崎に視線を向けた。綺麗なラインの横顔と長い睫毛に縁取られた瞳が緩やかに動く様に、彼に対して別段友人以上の思いはない柊崎もつい目を惹き付けられる。ここへの道中でもすれ違う人々の視線が彼に向けられるのを柊崎は大いに感じたものだった。当の浅賀は全くそれに気づいている様子はなかったが。

「今年もあるクリニックでバイトをしているんだけど、なんか疲れてね」
「疲れ……ですか? すごく忙しいとか?」
「いや、忙しさはいつも通りだよ」

 いつも通りということは多忙であることに違いはないのだろう。週5で大学病院勤務、臨床と研究の傍ら週1で他のクリニックに勤めている浅賀。こうして平日に休みが取れるのも滅多にないことだった。
 多忙が理由でないとすれば子どもだろうか。さっき子どもたちを見て憂鬱そうな表情をしていたし、と柊崎は考えを巡らせる。

「子どもたちの相手が大変とか?」

 訊いてからそれは俺だろ、と柊崎は思い直した。浅賀はどちらかといえば子どもの相手が上手く、昨年の夏休みも子どもたちを主に担当していたのは浅賀だった。子どもも理由ではないなと思っていると案の定浅賀はかぶりを振る。

「子どもは可愛いもんだよ」
「じゃあ、なんで」
「……実は、な。意外なやつに再会してしまって」
「その応援で行ってるクリニックで、ですか?」
「そう」

 そこから浅賀が始めた話は柊崎も同情してしまうようなものだった。