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 もともと俺の検診をしてもらうつもりだったので基本セットはすっかり準備ができていた。本条にエプロンをつけ、診療台の背もたれを倒していく。
「先に検診しような。痛いことするときは言うから」
 本条の口元にライトを合わせながらそう言うと、彼はゆっくりと頷いた。もともと口数の多いやつではないが仰向けになってからはなにも声を発しないし、腹のあたりでシャツを掴んでいる手に少し力が入っている。それに気づいて俺はなるべく細やかに声をかけることにした。
「じゃあ、右上から。開けて」
 小さく開かれた口にミラーを差し入れ、頬粘膜を押して少し口内を広げさせてから右上の大臼歯をミラーに映す。
「7番がC2、6番がC3、5番が……ちょっと触るな」
 探針を手に取り、黒ずんだ小窩裂溝に挿入すると粘着感を感じるとともに本条の口から小さく声が漏れた。
「画像見た感じだと微妙だったけどC2って感じだな」
 探針を置き、ミラーを右手に持ち直して視診を続けていく。たしかこの先しばらくは怪しいところはなかったはずだ。
「4番から……左行って……3番まではいいな。4番と5番の間にたしか影があったような……風かけるぞ」
 エアーをかけて唾液を飛ばしてから確認したがやはり見た目にはわかりにくい。再び探針を使って隣接面を探ると僅かに引っかかりを感じた。
「痛むか?」
 カリカリと探針を動かすが、本条は小さく首を横に振った。
「ま、どっちもC1かな。で、6番がCR、7番インレー。続けていいか?」
 少し口が小さくなってきたのに気づいて問いかけると、やや疲れたような目をしながらも本条は頷いた。
「じゃあ、左下。7番が斜線、6番も斜線、5番……はCOかC1かってとこだけどまだ治療はいいかな。で、4番から4番まで斜線」
 残りは3本だが、さっき画像を見て気になっていた歯がここにもある。
「5番と6番の間が怪しいんだよな……」
 スリーウェイシリンジを引き寄せ、本条に断ってからエアーをかける。
「んん!」
 びくりと閉じかけた口をミラーで押し広げ、5番を確認すると遠心面のエナメル質の下が灰色に透けている。
「5番はそんなに大きくなさそうだけどC2、6番はこれ……隣接面は5番から繋がってる虫歯として、咬合面のインレーは違和感ないか?」
 インレーの縁に隙間ができているのを見つけて本条に尋ねると、考え考えといった様子で回答が返ってきた。
「右側、上が痛いからあんまりわからなくて。でも引っかかる感じはあったと思う」
「だよな……たぶん二次カリになってる。これ、痛いか?」
 インレーと歯との隙間に探針を入れてみると、ん、と声を出して本条が顔を顰める。あんまり触ってインレーが取れたらまずい。右上の根治が終わるまではもってくれよ、と思いながら探針を引き抜いた。
「たぶんC2だとは思うけど、もう一回画像見たいな。……7番は問題ないよ。椅子起こすからな」
 本条が口を濯いでいる間にもう一度パソコンで画像を確認する。右下を拡大して6番を確認してみるが齲蝕は歯髄に達しているのかいないのか、ギリギリのラインに見えた。咬合面より隣接面からの齲蝕のほうが深そうだ。削っていけば露髄は免れないような気もする。
「本条、右下なんだけど」
 エプロンで口元を拭きながら本条が俺のほうを振り向く。もう一度彼にも確認してもらおうとモニターに画像を映し出そうとしていると、先に本条が尋ねてきた。
「微妙じゃないか?」
「あ、ああ……まあ、そう言おうと思ってたけど。最初パノラマ見た感じでそう思った?」
「うん。俺が内田の立場でも、削ってみないとわからないと言うと思う」
 こんなときでも冷静なんだな、とまじまじと彼の顔を眺めてしまった。なんだか学生時代の彼を思い出す。出会った頃から優等生だった。仕事をしている姿は見たことがないが、今でもこうやって冷静に、穏やかに仕事をしているのだろうなと思わせる(診断を下しているのが自分自身の歯というのがなんともいただけないが)。検診ではだいぶ痛そうにしていたし、緊張もしていた。気力も体力も消耗していそうなのにいつもと全く変わらない受け答えができるのはさすがだ。
「どうしたんだ」
「……いや、なんでも。右下も早くやりたいけど、右上の根治が終わったら、って感じでいいか?」
「そうだな。任せる」
「よし、じゃあ準備してくる。場所だけ教えてもらえたらあとは俺がするけど」
 さっきレントゲン室に案内してくれたときのように、本条は小さく笑いながら「いいよ、俺も手伝う」と立ち上がった。