このあと待ち合わせをしている。とはいってもデートなんて洒落たものではなく単に友人の歯科医に検診をしてもらうだけという話だ。待ち合わせ場所も彼の勤務先である歯科医院。まあ、検診が終わったらどこかへ行こうという話はしているけれども。
待ち合わせの相手、本条は大学の同期でかれこれ十年程の付き合いになる。卒業後、それぞれ違う医院で働き始めてからも月に一回くらいのペースで会う仲で、仲の良い友人は誰かと問われれば俺は真っ先に彼の名前を挙げるだろう。よく言えば誰にでも優しい人格者、悪く言えば自分にも他人にもこだわりがないゆえ交友は広く浅い、そんな彼が同じ質問にどう答えるかわからないのが悲しいところだが、それでも俺と多くの時間を過ごしてくれるので悪い位置にはいないんじゃないかと思っている。というかそう思いたい。
そんな俺たちだが今までお互いの口の中を見たことはない。学生時代の実習でもペアになったことがなかったしプライベートでも――いくら歯学部生や歯科医といえど酒の席の悪ノリでもない限りプライベートで友人の検診をするやつは少数だと思う――そういう機会はなかった。初めて見せると思うとやけに緊張してしまう。
午前10時前、俺は念入りに歯磨きを終え、自宅の洗面台の鏡を覗き込んだ。少し上を向いて、右手に持ったデンタルミラーに左上6番を映す。
実は歯医者で検診を受けること自体、とても久しぶりだ。本条はかかりつけの歯医者で定期的に検診を受けているらしいと聞いて偉いなと思いながらも、俺はなんだか億劫で歯医者に行き出さずにいた。一応セルフケアとチェックはまめにしていたつもりだし、それで今まで気になる部分がなかったからこそ検診も受けていなかったのだが、この左上6番に微かな違和感があってとうとう他人に診てもらうことを決めた。違和感。明らかな痛みがあったり沁みたりしているわけではない。舌で触ったときになんとなく他の歯と違うような気がしただけだったが、一度違和感を覚えてしまうと気になって仕方がなかった。
「やっぱり、なんともないよな……?」
自分の口の中、それも上顎というのはかなり見にくいが、咬合面に白濁や着色はなし。肉眼で見える範囲では穴も空いていない。近心面と遠心面も順番にじっくりと観察してみるが透けたり亀裂が入ったりといった異常はないように思えた。視診だけで判断するのは無理があるが、このあとレントゲンを撮ってもらえばはっきりすることだ。
続けて口内を全体的に確認していく。概ね綺麗に手入れされていると思う。処置歯は随分昔に治療した上下の右6番でどちらもCRが入っているが、二次カリの兆候はない。他にも新しく虫歯ができていそうな箇所はなさそうだ。ただし所々歯石が付着している部分があるから、クリーニングも頼めばいいかもしれない。ミラーを口の外に出し、俺は軽く息をついた。何年も検診に行っていないにしては悪くない状態だ。これなら見せても恥ずかしくないだろう。
口を濯いで手を洗い、髪を軽く整えてから、俺は洗面所の電気を消した。