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「なあ、ここの治療が終わったら別の先生に診てもらったらどうだ?」
 貼薬を終え、仮封をするために綿球を詰めながら本条に尋ねる。ぱちりと目が開いて、また、いつもの困り顔が俺の目をじっと見てきた。
「お前がいくらいいって言っても、いつまでも人んちの医院使っていいのかなとか思うし……俺んとこは休診日に使おうとすると院長がうるさくてさ」
 本条の視線を感じながら仮封材を充填器で押しつけていく。やっぱり俺は患者に目を開けられているのは苦手だ。なるべく本条の顔は見ないようにして口の中に意識を集中する。
「それに、俺より上手い先生いっぱいいるだろうし。そうだ、前の職場に尊敬してる先輩がいるって言ってただろ? その先生とかどうなんだ」
 仮封を終え、口を閉じさせてもしばらく本条の返事はなかった。様子を窺う勇気もなく、俺はこのあとする予定の左上の治療の準備に取り掛かる。
「それは、内田がそうしてほしいってことか?」
「本条がそうしたいならそれがいいかなって」
「内田はどうなんだ、って訊いてる」
 本条にしては強い口調で問われ、俺はようやく彼を振り向いた。
「……それがいいと思う」
 もう、疲れてしまった。こんなに悩みながら本条の治療を続けるのは。こんな情けない無責任なやつに治療されて本条も気の毒なものだ。
「じゃあそうする」
 仰向けになっていた本条が起き上がって足を診療台から下ろす。驚いて背もたれを起こしたときにはもう、本条は立ち上がってエプロンを外していた。
「左上はいい。別のところで治療してもらうから」
「……は? いや、そこくらいは」
「悪かった。今まで迷惑かけて。……申し訳ないが根治だけは頼んでもいいか」
「も、もちろん、そう言ってるだろ」
「ありがとう。内田、もう帰ってもらって構わない」
 本条の明らかにおかしな様子に圧倒されて、座ったまま彼を見上げることしかできない。
「片付けは俺がしておく。思えばいつもいつも準備から片付けまで手伝ってもらって……ただでさえ休日にこんな面倒な治療をさせてるのに」
「違う、俺は」
「内田、もう大丈夫だ」
 こちらを見た本条の顔。泣き笑いのようなその表情に気づいてしまい、用意していたはずの弁解の言葉はなにも出てこなかった。