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 歯が沁みたのは一度きりじゃなかった。あれからしばらく経つが、冷たいものを飲んだり食べたりするたびに歯が沁みる。それは俺に多大なストレスを与えていた。
 今日も本条の治療に来る前、洗面所でデンタルミラーを使って確認しようかどうか、大いに迷った。結局ミラーに手を伸ばす勇気は出ず、歯が沁み始めてから一度も自分の口の中を確認したことはない。
 最近本条の治療をするときはいつも頭の中が自分の歯のことでいっぱいになってしまう。本条に嘘をついてしまったことも、もやもやと胸の内に残っている。でも、治療はしないといけない。
「またその痛いやつか」
 俺が手にしたファイルを見て本条があからさまに嫌そうな顔をする。抜髄したときの痛みのせいで苦手意識が強いらしい。
「もうそこまで痛くないだろ?」
「感触も嫌いなんだ……」
「つべこべ言わない。まあそろそろ綺麗になりそうだし、あと何回かだろ。ほら、口開けて」
 渋々といった様子で本条が口を開ける。ミラーで位置を確認してからファイルを根管に沈めていった。
 いつものように頭の片隅でぼんやりと考えてしまう。俺の歯もこんな状態になっていたらどうしよう、と。ありえないとは思う。この前沁み始めたばかりで、第一まだ虫歯とも決まっていないのに。
 でも、それを判断してもらうつもりだったやつに嘘をついた手前、もう検診を頼めない。もちろん治療も頼めない。じゃあ、誰に頼む? 岩場で命綱が切れたような気持ちだ。いつか本条に検診してもらえばいい、もしそれで虫歯が見つかっても本条になら治療してもらってもいいと、いかに彼を頼りにしていたかを思い知らされる。
 これからずっとこんな気持ちで本条の治療をしないといけないのだろうか。本条の治療をすることになった経緯上、どうしても自分の歯のことを思い出してしまうし、彼に言った数々の台詞が自分に返ってくるような気がして居た堪れない。
 別に自分のことだけ考えているわけじゃない。集中できていない状態で治療をするなんて申し訳ないし、本条が俺に治療されたいのかわからないと俺はずっと悩んでいたのだし、それなら。
 とある一つの案が頭に浮かんできた。