20歳の冬 - 5/6

 治療が進み、心が凪いできた頃、今度は痛みを感じ始めた。
 ピリッと鋭く冷たいような痛みが繰り返すうちにさっきまでとは別の涙が溜まっていく。
「休憩したいときは左手挙げてね」
 その言葉に甘えたくなるけど、まだ早い気がする。もっと我慢しなきゃと思い続けているうちに、痛みはどんどん強くなっていった。
 もう限界だ、と思ったのと同時にタービンの音が止まる。
「しばらく楽にしてね」
 目を開けると、ライトの光が涙に映って眩しい。横からはバーを替える音がしていた。
「次は裏から削るから、さっきより大きく開けて」
 兄ちゃんはすぐにミラーとタービンを手に俺の顔を覗き込んできた。
「あーん」
 待ってと言えばきっと兄ちゃんは待ってくれるけど、今まで少しとはいえ休憩していたのにと思うと素直に言えなかった。言われた通り口を開ける。甲高い音を立ててバーが歯の裏側に押し当てられた。
「あ……!」
 顔を動かしてしまうと、「謙斗、危ないよ」と元の位置に戻された。
「止める?」
 兄ちゃんが手を止めて尋ねてくれたけど、顔を動かしてしまった情けなさもあって俺はまた素直になれなかった。エプロンをぎゅっと掴み、さっきまでより大きく口を開ける。
 兄ちゃんはそれで続けていいと判断したようで「じゃあもう少し頑張ろうね」ミラーとタービンを口の中に入れた。
「んぅ……ん……あぅ……」
「沁みるけど、頑張ってあーんだよ」
 口を開けようとすると声がたくさん漏れてしまう。
 そういえば20歳になって初めての治療だった。大人の仲間入りをしたような気持ちになっていたけど、俺は歯の治療を受けているときは相変わらず子どもみたいだ。涙がぽろぽろこぼれる。
「……よし。削るの終わりだよ」
 兄ちゃんがそう言って器具が口の中から出ていく。
「謙斗、よく頑張ったね」
 俺を見下ろしている兄ちゃんの表情は涙で滲んでよく見えなかった。
「少し休憩してから詰めよう」
 ライトが消され、手の上にそっとタオルが置かれた。