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「検診の動画?」
 森さんからその話を持ちかけられたのは次の週のことだった。いつものように受付で予約の確認をしながら、森さんの話に耳を傾ける。
「今度うちのチャンネルに投稿する動画で、ドクターの検診とクリーニングをしたらどうかって話になってて」
 院長の発案で最近始めた動画投稿。今のところスタッフが持ち回りで企画を行なっている。今回は森さんと数名の歯科衛生士が担当しているはずだ。
「それで俺の検診を?」
「はい。撮らせてもらえませんか」
 嫌だ、と即座に思った。あの右上6番を見られたくない。どの程度映るのかは知らないが、コンプレックスを世界中に晒されるようなものだ。想像しただけで寒気がした。
「……俺、そういう表に出るのは向いてないと思う」
「そんなことないですよ」
「もっとプロモーションに繋がりそうな、印象のいいやつにしたら」
「だから城戸先生なんです」
 意味がわからない。俺の印象は同僚たちの中で最下位だろうに。森さんだって普段から「素敵」だと言うのは青海だったはずだ。そんな気持ちが顔に出たのか、森さんは少し慌てたように付け足した。
「城戸先生が一番歯が綺麗そうなんですもん」
 人柄ではなく、歯か。納得はいった。だが、ますます断りたくなった。
「……処置歯があっても?」
「そんな何本もないですよね?」
「でも——」
 1本だろうがあるんだから、綺麗じゃない。動画の話を断るために、そんな普段言いたくもないようなことを言おうとした時。
「森さん、それ俺じゃだめかな?」
 いつから聞いていたのか、青海が俺たちの間に割って入ってきた。
 何を言っているんだ、こいつは。自分が適任でないことくらいわかるはずだ。森さんも戸惑った様子で「だめってことはないですけど……」と言葉を濁す。
「歯が綺麗な人がいいっていうのは聞いてたよ。だからまぁ俺とか一番遠いんだけど、逆にそういう歯医者さんが出ても面白いかなと思って」
 青海の話し方。得意分野で自薦するときもきっと同じような口ぶりだろう。こういうところが嫌いだ。
 なぜお前は卑屈にならない?
「どうでしょう……。青海先生にはいずれ動画に出てほしいなとは思ってたんですけど」
「やっぱだめかー」
「皆さんと相談してみますね」
 俺のことはすっかり忘れたように森さんは受付を出て行った。ひとまず俺の検診をする話は流れたと思ってよさそうだ。思わず息をつく。
 残りの予約の確認を済ませ、パソコンの前を開け渡した。
「待たせた」
「ううん。ありがとう」
 そう言った青海の顔は森さんと話していたときの明るさが嘘のように強張っていた。
 青海がかねてより俺を警戒していることには気づいている。しかし、ここまであからさまな反応をされることはなかったはずだが。
「なんだよ」
「ん? なんでもないけど」
 青海は不思議そうに言うとすぐモニターに目を向ける。あれっ鈴木さんの予約今日になってる、とそんな呟きが聞こえた。
 ごまかすつもりか。そう思うと先ほどの苛立ちもまた込み上げてきた。
「よく動画に出ようなんて気になるな」
「……求められてないのはわかってるよ」
「じゃあ」
「でも、俺が出るのが一番丸いと思う」
 俺の言葉を遮った青海の声は、自信ありげに自分が動画に出ることを提案したときとまるで違う。なにかを諦めたような、消極的な響きだった。
「丸い?」
「うん。みんながみんな、こんな企画で気軽に見せられるとは思えないから。その点俺なら虫歯が多いことはみんな知ってるし、見せるのは大したことじゃないかなって」
 その言葉をいつもの自虐かと片付けることができなかった。俺が青海に関して一番気に食わないところ、自分の歯をネタにする普段の姿と今の様子は相容れない。
「出たかったわけじゃないのか?」
「いいの。出てもいいなとは思ったから」
 つまり、「出たかったわけじゃない」。それなのにどうして出ようとしたのか。
 一つの可能性が思い当たってしまう。青海は俺が動画の件を断りたがっているのに気づいて庇おうとしたのではないか。
 まさかとは思う。俺のためにそこまでする理由は青海にはないはずだ。ただ、俺もこいつの人の良さを全く認めていないわけではない。青海ならやりかねないとも感じた。
 俺が嫌な役回りを青海に押し付けたようなものだ。罪悪感と、借りを作ってしまったような悔しさが生まれた。
「あの、心配しないで。悪い宣伝にはならないようにする」
 青海は俺の表情を見て勘違いをしたのか、急におどおどし始める。
「心配なんか、してない」
 そう吐き捨てることしかできなかった。