初めて虫歯に気づいたのは大学生になって最初の冬。学校で購入したデンタルミラーを使ってみようと思い立ち、手鏡と合わせながら自分の歯を確認していたときのこと。右上6番の溝に茶色い点を見つけた。
虫歯、という文字が頭の中に浮かんだ。正直、思い当たる節はある。進学を機に歯科医師の父親から離れて一人暮らしを始めてからというもの、生活習慣は乱れがちだった。
でも今まで虫歯になったことはなかったのに、こんな急になるわけがない。見間違いだよな? そう思って一旦ミラーを口の外に出してから、もう一度確認する。やっぱり、ある。
じゃあ、何かついてるだけかも。そう思って歯ブラシでゴシゴシとそこを擦って、またミラーを向ける。けれど変わらず、茶色い点はあった。
虫歯。自分が……?
認めたくなかった。綺麗な歯はひそかな誇りだったのに。
不安だった。もし本当に虫歯だったら。治療を受けるのってどんな感覚なんだろう。銀歯になるんだろうか。
そんなことを考えながらずるずると放置してしまい、相互実習が目前に迫ってやっと歯科医院を受診した。
「もっと早く来てくれれば良かったのに」
「これだけ深いと多少痛みが出るかもしれませんよ」
担当医のそんな言葉も、実際に治療が痛かったのも、大きなインレーが入ったのも、だめな自分への罰なのだと思った。怖いもの見たさというのだろうか、見たくないはずなのに治療した場所を鏡で何度も確認してしまい、その度に後悔の念が押し寄せて泣きたくなった。
でも、いつまでも気にしているわけにもいかない。受け入れなければ自分が苦しいだけだと折り合いを付けようとしていた頃、相互実習でペアになった同級生から言われた。
「城戸ってインレーあるんだ。意外。完璧っていうか、もっとちゃんとしてそうだと思ってた」
その後何を言われたかよく覚えていない。インレーがあるのはちゃんとしてないってことなんだ。それしか考えられなくなった。
わかっていた。虫歯を作ってしまったのも、気づいていながら放置したのも、“ちゃんとしてない”ということだ。さらには苦しいからといってそこから目を背けようとしていた。もう泣きたい気持ちにもならない。ただただ自分に吐き気がした。